さかいゆう、TOUR 2025 "PASADENA" 圧巻のツアーファイナルをレポート!
June 10, 2025 13:00
さかいゆう

昨年デビュー15周年を迎えたさかいゆうが、今年3月にリリースした8作目となるオリジナルアルバム「PASADENA」を携え、大阪・なんばHatchと東京・LINE CUBE SHIBUYAでの2公演にわたるツアーを開催した。本稿では2025年6月6日に行われた東京公演の模様をレポートする。
定刻より5分ほど経ったところでオープニングSEが流れると同時に会場が暗転、バンドメンバーに続いてさかいがステージに現れる。大きな拍手に迎えられると、客席に向かって深々と一礼してから「お久しぶりー!」と楽しそうに声を張る。その声に負けじと大きな歓声をあげるオーディエンス。お互いがこの日を待ち望んでいたことがわかる晴れやかな光景だ。幕開けは『PASADENA』にボーナストラックとして収録された「縄文のヒト」。さっそくギター柴山哲郎の奔放なプレイがさかいの歌声を後押しする。アウトロではさらに長尺なギターソロが披露され、ステージはそのままセッションモードに突入、始まったばかりのライブは早くも終盤のクライマックスを迎えたかのような空気に包まれる。さらに「レッツゴー!」と軽快なピアノとともに「まなざし☆デイドリーム」を投下。ノリとテンションだけで押し切れるアッパーチューンにもかかわらず、あえて丁寧な歌と演奏に徹しているところがいかにもさかいらしい。雰囲気や感情に流されることよりも、音楽に対して常に真摯でありたいのだろう。
そうやって音楽と格闘することに夢中になった反動なのか、直後のMCでは照れ隠しのアイロニーが口を突いて出てくる。「みなさんまだ2曲目ですよ?」と盛り上がる客席にツッコミを入れたり「今日は生配信も入ってて……よくこんなことしますよね」とステージ上のカメラを揶揄しつつ、オーディエンスの反応を楽しんでいるようだ。そしてライブはニューアルバムの曲を披露するブロックへ。「PASADENA」「Definitely」はそれぞれLAで現地のプロデューサーと共作した作品を、前述の柴山、ベース種子田健、ドラム望月敬史、さらにDJ DAISHIZENを加えた布陣が自分たちの色に染めていく。そして「Gotta Get Up feat. magora」ではゲストボーカルで登場したmagoraが客席を煽り、「甘くない危険な香り」の間奏中にはさかいがグルーヴにステージを徘徊しながらリズムに身を委ねる場面も。きっと彼はリハーサルスタジオでもこんな調子で無邪気にメンバーとのセッションを楽しんでいるのだろう。
再びのMCタイム。ここでさかいはミュージシャンとしての自身のあり方について語り始める。新しさと懐かしさが内在した音楽を好むこと。すべてが成り行きで回遊魚みたいなミュージシャン人生だったこと。デビュー以降も彼が根なし草であろうとしたのは、音楽が自分の孤独を埋めてくれる唯一の友人だったと、以前彼はインタビューで語ってくれたことがある。しかし、普段の取材では自分語りを敬遠しがちなタイプでもある。そんな彼が多くの人前でこんなふうに自分の話をするのは、それだけ今の彼が充実した音楽との蜜月を実感しているからだろう。加えて今年4月、アメリカのライブ映像コンテンツ「NPR Music Tiny Desk Concerts」に日本人シンガーソングライターとして初めて出演した体験も大きかったと想像する。単身LAへ渡り、言葉も演奏もおぼつかないままストリートで自己研鑽に励んだ雌伏時代。そこで培った経験を活かした活動が注目されたインディーズ時代。そんな彼のバックグラウンドに回帰した「PASEDENA」が生まれ、アメリカで誉れ高い音楽番組に出演することは、彼が単身渡米した当時から運命づけられていたのかもしれない。そんな自分語りのMCを経て、今度は「桜の闇のシナトラ」と「Get it together」をTiny Desk Concert バージョンで披露。アグレッシブかつゴージャスなセッションの再現に、観客は大きな歓声を上げていた。
コロナ禍で経営に苦しんでいたライヴハウスの人たちに向けて書いたという前置きからエモーショナルに歌い上げた「BACKSTAY」。続く「虫」ではこの曲を書くに至るエピソードとして、高知の人里離れた場所での生活を引き合いに出しつつ、輪廻転生や死生観といった話にまで触れる。そんな曲に続けて彼が「君と僕の挽歌」を披露した理由は、さかいのファンであれば説明する必要もないだろう。演奏後、肩で息をしたまま二の句が継げない彼がこぼしたのは「これ1曲で3曲分すり減る」という言葉だった。それぐらい今でも彼にとってこの曲はミュージシャン人生におけるマイルストーンなのだろう。
そしてついにクライマックスを迎えたライブ終盤。高知の民謡を自分流にアレンジした「よさこい鳴子踊り」ではコールアンドレスポンスを客席に求め、「諸行無JOY」ではインディーズ時代の盟友Shingo Suzukiが共演し、「SHIBUYA NIGHT」では曲中に呼び込まれたKダブシャインがフロウを放つ。さらに「What About You feat. Kダブシャイン」を彼とともにシームレスに披露するという怒涛の展開。本編ラストではデビュー前のさかいをフックアップした恩人でありレゲエ界のレジェンド・PUSHIMが登場するも、「Understanding feat. PUSHIM」を歌い始めたところで「すいませんもう一回やらせてください」とさかいが演奏を中断させるというハプニングが発生。思いがけない事態に珍しくステージで動揺を見せるさかいをフォローするようにPUSHIMが「ワンモアタイム!」と客席を煽り、さらにさかいと熱い抱擁を交わす。もちろん客席からは大きな拍手と熱い声援が2人に投げかけられる。思いがけないハプニングがもたらしたのは、さかいの音楽はたくさんの仲間の愛によって支えられているという事実だった。おそらくあの時、さかい自身もそう思ったことだろう。
アンコールでは山下達郎の名曲「SPARKLE」をさかいゆうバージョンで披露し、ラストはデビュー曲「ストーリー」で締め括られた2時間半。最新アルバムを軸に自身の音楽人生を凝縮したステージだったと言える。MCで自らの足跡を「回遊魚」と称したとおり、さかいはあてのない音楽の旅を続けてきた。もちろんそれは孤独を埋めることが目的で、人からの見返りや施しを求めることのない一人旅だったのかもしれない。しかし、この日の彼は多くの仲間たちと音楽でつながるだけでなく、愛を讃える場所に立っていた。明日からまた一人旅が始まっても、いつかまたここに帰ってくればいい。そんな素晴らしい場所をついに彼は見つけたのだ。
文:樋口靖幸(音楽と人)
Photo:岩佐篤樹
■ さかいゆう Official Web Site
https://www.office-augusta.com/sakaiyu/