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【編集長コラム】山田孝之主演映画『ステップ』、 "不在"という存在と家族の絆

February 20, 2020 21:00

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【編集長コラム】山田孝之主演映画『ステップ』、 "不在"という存在と家族の絆

この日、私はうっかりマスカラをつけていた。“この日”とは、4月3日(金)より全国公開の映画『ステップ』マスコミ試写会の日。重松清氏の原作を読んでいたので、泣くのは想像に難くない。だが流石スーパーウォータープルーフ!あれだけ泣いたのにパンダ目になっていない。

……そうではない!映画の話だ!

妻に突然先立たれた主人公・健一と、1歳半の娘・美紀との再出発からこの物語は始まる。人の死はどうしたって辛いし、それだけで涙を誘う。故に下手をすれば物語そのものが死に支配されてしまう。だがこの物語は違った。そこに登場する家族や会社での人間関係を通して描かれた、健一と美紀の10年間。つまり「はじまり」と「変化」だ。苦しくとも淋しくとも時は進む。その中で変化する関係や環境。変化しない愛。新たな形…。



この映画の原作は、雑誌『中央公論』にて2007年1月号から2009年2月号まで、おおむね三ヶ月に一度のペースで連載されており、その後、2009年に単行本として出版(中公文庫)。今作の監督・脚本を担当した飯塚健氏は、自身も小学4年生で母親を亡くし、父親がシングルファーザーとして男手ひとつで育ててくれた経験を持つ。そんな父の姿を主人公の健一と重ね合わせたのだろうか、もともと重松清ファンの飯塚監督。原作を一晩で読み切り、重松氏に映画化への想いを直接手紙にしたためた。そのエネルギーと愛情は、原作を大切にしたストーリー展開、部屋の雰囲気をはじめとするロケーション、キャスティング、その全てに表現されている。それだけではない。どんなに楽しく笑ってすごしていても、片親家庭には拭うことの出来ない影のようなものが大抵ある。ほぼシングルファーザー状態で育った筆者の家庭にも存在した。きっと飯塚監督だからこそ、そんな空気感を自然に、リアルに、スクリーンへ落とし込めたのだろう。

とはいえ、362頁の小説を118分に収めるのだ。勿論カットする部分もあれば、原作とは違う設定もある。だが重松氏が執筆時に込めた「誰かの“不在”という存在を引き受けながら、それと共に生きていこうとしている人たちの姿を描きたいという思いがありました。」(映画『ステップ』重松清氏 オフィシャルインタビューより)という考えは、ひとつひとつの台詞で十分表現されているように思えた。

更に筆者が感動したのはキャスティング。あまりないことだが、ほぼ全員、筆者が想像する人物像にピッタリであった。(無論、原作の読み手によって異なることだが)例えば健一の義父、つまり亡くなった健一の妻・朋子の実父を演じた國村隼氏。「鬼の村松」の異名を持つ凄味と、孫にはデレデレの顔、娘を亡くし義理の息子と接する距離感など、それぞれ絶妙に演じられている。あまり多くを語ると、ぺろりとネタに触れてしてしまいそうだが、筆者はこの“父と息子”のやり取りに泣かされた。もうひとつネタバレぎりぎりを攻めるとすれば、「母の日」で美紀の担任が健一に言った無神経な一言は実にムカついたが、最終的な美紀の対応は、人の子ながら褒めてやりたい気持ちでいっぱいになった。これってギリギリをはみ出しているのかなぁ……。

話をキャストに戻そう。伊藤沙莉氏演じる“ケロ先生”は、本当にケロ先生だ!118分の中で、ストーリーの軸をぶれさせない為に映画では深く描かれなかったが、朋子の兄嫁・翠を演じた片岡礼子氏もきっと原作ファンにとっては納得いくキャスティングだったろう。広末涼子氏演じる“ナナさん”を観た時は思わず「あぁ、そうそう!」と正解に出会えた気がした。

飯塚監督の「荒川アンダー ザ ブリッジ」が好きだった重松氏は、ひそかに山田孝之氏が健一を演じてくれていることを望んでいたらしい。実は映画を観る前、筆者の中で山田氏は健一ではなかった。(これについては筆者が「勇者ヨシヒコ」シリーズのファン過ぎるせいかもしれない)具体的な顔が浮かんでいたわけではないが、もっと線が細く、頼りない目の表情…あえて言えばそんな印象だった。しかし映像として具現化された健一は、いつしか健一そのものになっていた。朋子を亡くして小さい美紀を育てる中で、不甲斐なさから生まれる何ともいえない表情はさすがとしか言いようがないし、10年という歳月を内包した佇まいは決してメイクのせいだけではない。そう思えた。

さて、もうひとつ映画に大切なのは主題歌だ。この『ステップ』の主題歌は秦 基博氏の「在る」。このコラムを書きながら今、まさに「在る」を聴いている。個人的にも好きな曲だ。主題歌も物語のひとつなので本編からエンドロールの流れは伏せておくが、あえて言うなら不必要な煽りがなく、実に自然で良い。実にこの映画に合っている。「在る」が収録されたアルバム『コペルニクス』のインタビューで秦氏はこの曲について「色々なものを削ぎ落として、余白というか行間みたいなものを感じられる曲にしたかったんです。削ぎ落としたことで、聴く人に想像が沢山広がり、芽生えてくるんじゃないかと。」と答えてくれた。メロディのぬくもりと歌詞の余白。これがひたすらサビをエモーショナルに繰り返すメロディであったり、切々と辛さや淋しさが綴った歌詞ならどこか違う気がする。今はSNSのお陰でみんなが日常の悲喜交交や他愛ないことを容易に発信出来る。だがもともとは家庭や学校、会社など自分の世界の中で完結していた。いや、たとえSNSだろうが心の奥底の複雑な気持ちなんて全て吐露出来ないかもしれない。健一の目線に立った時、その吐露しきれない想いと、重ねた歳月で生まれる優しい気持ち、「在る」はそういうものに寄り添い、想像を膨らませてくれる歌詞は、大切な人を想う時に生まれる愛情や後悔、願いや気付きなどがそっと存在する。

何かしらの理由で別離した人を含め、家族は誰にでもいる。そして今日もどこかで繰り広げられるあなたの家族物語があるように、再出発からスタートするこの家族物語につけられた『ステップ』というタイトルの意味と絆が、きっと切なくも温かく胸を打つだろう。

文:秋山雅美(@ps_masayan

 

リリース情報

6th ALBUM
「コペルニクス」

2019年12月11日発売

-収録曲-

□ 全形態共通(CD)
1. 天動説(instrumental)
2. LOVE LETTER
3. Raspberry Lover
4. Lost
5. アース・コレクション
6. Joan
7. 在る
8. 地動説(instrumental)
9. 9inch Space Ship
10. 仰げば青空
11. 漂流
12. 花
13. Rainsongs

□ 初回限定盤(DVD)
「日南市合併10周年記念 “HATA EXPO” in 飫肥城下町」(2019.10.20)
・グッバイ・アイザック
・フォーエバーソング
・花咲きポプラ
・仰げば青空
・Raspberry Lover
・シンクロ
・スミレ
・鱗(うろこ)
・ひまわりの約束

□ Music Video
・Raspberry Lover(Music Video)
・仰げば青空(Music Video)
・花(Music Video)

□ 封入特典 ※全形態共通
・HATA MOTOHIRO CONCERT TOUR 2020 ―コペルニクスー CD購入者限定 チケット抽選応募受付案内
・HATA MOTOHIRO CONCERT TOUR 2020 ―コペルニクスー CD購入者限定 ミート & グリート抽選応募受付案内
・「コペルニクス」CD購入者限定 スペシャルイベント参加抽選応募受付案内(東京、大阪の二箇所を予定)
※封入特典の詳細は後日発表致します。

□ Home Ground限定盤 特典
「コペルニクス 」ビジュアルフォトブック 秦 基博による全曲セルフライナーノーツ付

コペルニクス

初回限定盤(CD+DVD)※スリーブケース仕様

UMCA-19061 / ¥4,500(税別)

コペルニクス

通常盤(CD)

UMCA-10072 / ¥3,000(税別)

インフォメーション

映画「ステップ」
2020年4月3日(金)より全国ロードショー


■ あらすじ
健一はカレンダーに“再出発”と書き込んだ。始まったのは、2歳半になる娘・美紀の子育てと仕事の両立の生活だ。結婚3年目、30歳という若さで突然妻を亡くした健一はトップセールスマンのプライドも捨て、時短勤務が許される部署へ異動。何もかも予定外の、うまくいかないことだらけの毎日が始まった。そんな姿を見て、義理の父母が娘を引き取ろうかと提案してくれたが、男手一つで育てることを決める。妻と夢見た幸せな家庭を、きっと天国から見ていてくれる妻と一緒に作っていきたいと心に誓い、前に進み始めるのだ。美紀の保育園から小学校卒業までの10年間。様々な壁にぶつかりながらも、前を向いてゆっくりと<家族>への階段を上る。泣いて笑って、少しずつ前へ。

原作 / 重松 清「ステップ」(中公文庫)
監督・脚本・編集 / 飯塚 健(『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』、『笑う招き猫』、『虹色デイズ』)
出演 / 山田孝之、田中里念、白鳥玉季、中野翠咲、伊藤沙莉、川栄李奈、広末涼子、余 貴美子、國村 隼 ほか
主題歌 / 秦 基博「在る」(AUGUSTA RECORDS/UNIVERSAL MUSIC LLC)
製作プロダクション / ダブ
配給 / エイベックス・ピクチャーズ
コピーライト / (C)2020映画『ステップ』製作委員会

■ 公式サイト
www.step-movie.jp

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