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小松菜奈主演、エドモンド・ヨウが創る、吉本ばなな原作映画『ムーンライト・シャドウ』とは。

September 3, 2021 16:00

コラム

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小松菜奈主演、エドモンド・ヨウが創る、吉本ばなな原作映画『ムーンライト・シャドウ』とは。

1988年1月30日、吉本ばななの短編小説『キッチン』が書店に並んだ。私がその本を手に取ったのは、確か数日後だった気がする。そして何度も何度も何度も何度も読み返し、本はボロボロになり、繰り返す引っ越しで一度は離れ離れになるも、やはりまた買い直しては読み返した。その『キッチン』の最後に「ムーンライト・シャドウ」という短編が掲載されている。「キッチン」、「満月 キッチン2」とは全く別の物語で、吉本氏が大学の卒業制作に書いたものだった。私は「キッチン」同様、この悲しくも温かい不思議な物語を心底愛している。なので映画化されることを知った時は涙が出そうになり、早速試写を観させてもらった。

監督はマレーシアのエドモンド・ヨウ。
主人公・さつき役は、本作が初の長編映画単独主演となる小松菜奈。そしてさつきの恋人・等役に宮沢氷魚。等の弟の柊役には期待の若手俳優・アーティストの佐藤緋美。物語のキーパーソンとなる麗(うらら)役は臼田あさ美がキャスティングされた。

原作ファンでもあるエドモンド・ヨウ監督は、原作で描かれた細かい風景描写、心理描写を独自の視点で捉え、原作とはまた違う色彩を施している。つまりシチュエーションやストーリー、登場人物のイメージ(特に見た目)など、原作とは違う演出に挑んだのだ。なので何度も原作を読み返し、脳内で映像化した筆者のような人間は一度そのイメージを解き放ち、監督が作り上げた新たな『ムーンライト・シャドウ』に目を向けることをお薦めする。

この物語が発表された1988年には当然スマートフォンはない。小松菜奈のインナーカラーも当時は不自然だろう。33年の時を経て、現代らしさをうまく取り入れており、小道具や衣装などはサブカルチックな鮮やかさで表現。こういうテイストはもしかして吉本ばなな氏も好きなのではないかと勝手に推測。

<月影現象>(原作でいうところの七夕現象)の表現を含め、不条理映画と言い切って良いのかはわからないが、映像美や前衛的神秘性をたっぷり、そしてゆったりと味わえるだろう。原作のセリフをキーとなるシーンで大切に使われることは原作ファンとして嬉しいだけでなく、吉本ばななが紡いだ柔らかくも強い言葉の力を感じられるはず。

キャスティングに関して監督は、「小松菜奈なしで本作は考えられない」と語ったらしい。私が脳内で描いていた“さつき”のイメージとは違うが、この『ムーンライト・シャドウ』にはピッタリだし、恋人の死という現実から逃れるジョギングで見せる辛い表情や、明け方のしんとした橋の上で見せる横顔はやはりさつきだ。更に宮沢氷魚は納得しかない。近くにいるのにどこかへ行ってしまうような不思議な透明感。佐藤緋美に関しては原作との違いを感じるも、納得の存在感を放っていた。柊の恋人役に中原ナナがキャスティングされたのも時代を感じる。柊同様、原作のイメージとは違っていたが、試写を観終わってこの数日間、何となく頭から離れない。麗の髪はショートであって欲しかったが、臼田あさ美が麗役と知った時は、宮沢氷魚の等役時同様「なるほど!」と大きく頷いた。

恋人や家族の死。もし、もう一度会えるならば……。

『ムーンライト・シャドウ』は今年9月10日全国ロードショー。


■ 公式サイト
moonlight-shadow-movie.com

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