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リスナーを物語に誘う吉澤嘉代子『新・魔女図鑑』の世界観と魅力とは

November 26, 2020 19:00

吉澤嘉代子

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リスナーを物語に誘う吉澤嘉代子『新・魔女図鑑』の世界観と魅力とは

“心の傷は時間が癒してくれる”とよくいうが、近年の心理学研究によると、時間とともに傷が癒える可能性は低いらしい。辛くて堪らないとき、気持ちが荒んでしまうとき、苦しみをどこにも吐き出せないとき、あるいは長い間抱えている傷があるとき、その痛みとどう向き合えばよいのか。方法はさまざまだろうが、音楽や物語に触れることで心が救われることがある。

“音楽が心を救う”――綺麗事に聞こえるかもしれないが、それが本当のことだと思わせてくれるのが吉澤嘉代子の紡ぐ音楽だ。



吉澤の楽曲の魅力として挙げられる要素の1つに“物語性”がある。『新・魔女図鑑』は、そんな物語性が色濃く出た全18曲を収めたコンピレーションアルバムだ。

本作はe-stretch RECORDSに在籍した5年間の集大成となる一枚で、インディーズミニアルバム『魔女図鑑』(2013年)の楽曲6曲の新録バージョンも収録している。「未成年の主張」「化粧落とし」「恥ずかしい」「泣き虫ジュゴン」「ぶらんこ乗り」の5曲の新録は、メジャーデビュー後に発表された4作のフルアルバムにて発表された。そして『新・魔女図鑑』に、最後の1曲となる「らりるれりん」が収められている。この曲が最後に残されたのは、各アルバムの世界観との兼ね合いもあるだろうが、「らりるれりん」がデビューのきっかけとなった大切な楽曲だからだろう。思い入れのあるナンバーであろう「らりるれりん」を1曲目に据えることで、『新・魔女図鑑』がキャリアの節目として大きな意味を持つ作品であると提示しているように思う。

『新・魔女図鑑』は、ライブのセットリストのように、セクションごとにコンセプトが見える曲順で展開していく。

2曲目の「未成年の主張」は、メジャーデビューミニアルバム『変身少女』(2014年)のリリースパーティーや、《箒星ツアー'15》、《「吉澤嘉代子の発表会」子供編》、《デビュー5周年記念 吉澤嘉代子のザ・ベストテン》など数々のライブで幕開けを飾った楽曲。『魔女図鑑』でもトップバッターとして収録されている。これから楽しい出来事が始まる、そんな期待に胸が高鳴る曲だ。

その後も、前半ではライブでフロアに一体感をもたらすような楽曲が並ぶ。オープニング2曲に続いて、3曲目は古き良きポップスの空気を纏った「美少女」、4曲目はファンタジックで浮遊感のあるサウンドで魅せる「月曜日戦争」。そして、マーティ・フリードマン(Gt)、中尾憲太郎(Ba/Crypt City、NUMBER GIRL)、かみじょうちひろ(Dr/9mm Parabellum Bullet)等を迎えてメタルのアプローチも取り入れた「化粧落とし」や、田渕ひさ子(Gt/toddle、LAMA、NUMBER GIRLほか)、フミ(Ba/POLYSICS)、ORESKABANDのホーン隊などが参加し振り切ったアレンジを展開したムダ毛ソング「ケケケ」、感情を爆発させたサイケデリックなナンバー「恥ずかしい」と、アッパーチューンが続く。極めつけは「綺麗」で、バイオリンやハープ、グロッケンシュピール、ホーン隊などによる絢爛で煌びやかなサウンドに心惹かれる。

中盤は、伊澤一葉によるピアノの調べと呟くような歌唱が切なさを醸し出す「よるの向日葵」、いまや彼女の代表曲となった「残ってる」と、しっとりとした余韻のある曲が続く。許されない恋に葛藤する心情をポップなサウンドで表現した「がらんどう」、曽我部恵一が奏でるアコースティックギターの音色に乗せて、仄暗い未来に灯る期待や不安を歌った「東京絶景」、さらに、吉澤のパーソナルな部分を投影しながら祈りや決意を歌に込めた「泣き虫ジュゴン」「ストッキング」「movie」で畳みかけてくる。

終盤の3曲は、『新・魔女図鑑』の中でも特にストーリー性が強い。「えらばれし子供たちの密話」「地獄タクシー」というセンセーショナルな物語を歌った曲から、たおやかで神秘的なナンバー「ぶらんこ乗り」で締めくくる。「ぶらんこ乗り」は『魔女図鑑』でラストを飾った楽曲でもあり、『魔女図鑑』と『新・魔女図鑑』の結びつきがここでも示されている。



吉澤の音楽の魅力に“物語性”があることは冒頭で触れた通りだが、彼女の生み出す曲はどれも小説のワンシーンのようで、主人公の心情が繊細に描かれている。

〈恋がしたい 恋がしたい/美少女になれたなら〉(「美少女」)、〈ねえ お願い 私だけにいじわるしてよ〉(「よるの向日葵」)、〈いかないで いかないで いかないで いかないで/私まだ/昨日を生きていたい〉(「残ってる」)、〈がらんどうな私を満たしてよ 今日は帰らないと言って〉(「がらんどう」)など、彼女の歌の主人公は自身の想いを滔々と語る。

恋する気持ちや孤独、空虚感、鬱屈とした感情など、あらゆる葛藤を赤裸々にさらけ出す主人公たち。その姿は、わたしたちが日常生活で閉じ込めてしまいがちなエゴイスティックな気持ちを代弁しているようで、清々しい解放感をもたらしてくれる。また、彼女の言葉と歌には希望が散りばめられているのも特徴で、どんな物語の主人公もいつかきっと報われる…そんなあるがままの姿を肯定してくれるような趣がある。

加えて、小説に書かれた文章のように丁寧な情景描写も、リスナーの共感を得ている所以だろう。実際には経験したことがない甘酸っぱいラブストーリーや、現実では経験したくない怪異譚も、まるで自分の身に起きた出来事のように追体験してしまう。さらに、解釈を狭めない絶妙な“余白”もあるので、聴き手は物語の主人公になったかのように、楽曲の主人公に自分を重ねることができる。そんな空想と現実の境界が曖昧になる歌詞世界は、彼女の唯一無二の魅力だ。

吉澤の役者さながらの歌唱表現も、楽曲にストーリーを感じる重要な要素。これは曲調に関してもいえることだが、彼女の歌い口が曲によってガラリと変わるのは、曲ごとに主人公が異なるからだろう。登場人物が変われば、シナリオや作品の雰囲気も変化するのは必然。そして吉澤は、自らに各曲の主人公を憑依させ、あらゆる人物を演じてみせる。ひと口に“可愛らしい歌”といっても、「美少女」の芯の通った甘い声と、「月曜日戦争」の輪郭をぼかした淡い歌声はまったく別モノ。また、「恥ずかしい」の心の叫びにも近い力強いボーカルや、ざらつきの中に凛とした美しい声を響かせる「残ってる」、囁くような「えらばれし子供たちの密話」、低域を強調しておどろおどろしさを表した「地獄タクシー」など、アプローチは実に幅広い。息の量と力の込め方に変化をつけることで、吉澤は多種多様なキャラクターを表現している。



彼女はこれまで発表したオリジナルフルアルバムで、それぞれテーマを設けてきた。1stアルバム『箒星図鑑』(2015年)は“少女時代”、2ndアルバム『東京絶景』(2016年)は“日常の絶景”、3rdアルバム『屋根裏獣』(2017年)は“物語”。1st~3rdアルバムは内省的なテーマが多く、そこには少女時代に魔女修行に明け暮れ物語に救いを求めた吉澤自身が見え隠れしている。

そして2018年11月には“女性の性(せい)と性(さが)”という外に目を向けたテーマを設けた4thアルバム『女優姉妹』を発表。『箒星図鑑』『東京絶景』『屋根裏獣』の3作を経て、2018年6月に行ったスペシャルコンサート《吉澤嘉代子の発表会》で少女時代に区切りをつけた吉澤は、“自己”から“他者”へ、『女優姉妹』で新しい境地に突入した。

もし彼女のキャリアを区分するならば、初期の作品と『女優姉妹』以降で分けることになるだろう。もちろん『新・魔女図鑑』には『女優姉妹』の曲も収録されているが、位置づけとしては3rdアルバム『屋根裏獣』と4thアルバム『女優姉妹』の間にあるのかもしれない。そう考えると、3rdシングルの表題曲である「ミューズ」(2018年6月)などが『新・魔女図鑑』に収録されていないのも頷ける。作品のコンセプトを重んじる彼女の、『新・魔女図鑑』という作品への妥協なきこだわりなのだ。

新しいフェーズに突入したとはいえ、吉澤の歌づくりの根幹は変わっていない。『新・魔女図鑑』と同日に発売される新曲「サービスエリア」もフィクションとノンフィクションの狭間を漂うロマンティックな曲であるし、彼女の曲と物語性は今後も切り離せない関係にあるだろう。

吉澤嘉代子の生み出す音楽は、聴き手であるわたしたちを物語の主人公にしてくれて、ありのままを肯定し、心を救ってくれる。それは『新・魔女図鑑』をはじめ、これまで発表された作品だけでなく、新天地で生まれる曲でも変わらないはずだ。これから先、さらにたくさんの物語と出会える。それを待つことも、リスナーの救いとなる。

文:神保未来


■ 吉澤嘉代子「新・魔女図鑑」ライブDVDトレーラー
https://youtu.be/Ca7agmHDjZk

■ 吉澤嘉代子「新・魔女図鑑」トレーラー(MV集)
https://youtu.be/JQ_5hBBwAkQ

■ 吉澤嘉代子 オフィシャルHP
http://yoshizawakayoko.com

Release

吉澤嘉代子 コンピレーション・アルバム
「新・魔女図鑑」

2020年11月25日発売

-収録曲-

□ CD ※初回盤・通常盤共通
01. らりるれりん
02. 未成年の主張
03. 美少女
04. 月曜日戦争
05. 化粧落とし
06. ケケケ
07. 恥ずかしい
08. 綺麗
09. よるの向日葵
10. 残ってる
11. がらんどう
12. 東京絶景
13. 泣き虫ジュゴン
14. ストッキング
15. movie  
16. えらばれし子供たちの密話
17. 地獄タクシー
18. ぶらんこ乗り

□ DVD ※初回限定盤のみ
女優ツアー2019
2019年3月17日 昭和女子大学 人見記念講堂
◆魔法の鏡
・鏡
◆物語の主人公
・怪盗メタモルフォーゼ
・屋根裏
・えらばれし子供たちの密話
・月曜日戦争
◆恋する主人公
・キスはあせらず
・アボカド
・洋梨 feat.弓木英梨乃
・恥ずかしい
・よるの向日葵
・残ってる
・真珠
◆美しい主人公
・必殺サイボーグ
・シーラカンス通り
・ちょっとちょうだい
・地獄タクシー
◆魔法の鏡の正体
・女優
・最終回

・美少女
・洋梨 feat.たなかみさき
・雪
・ミューズ

新・魔女図鑑

初回限定盤(CD+DVD)

CRCP-40614 / ¥5,000+税

新・魔女図鑑

通常盤(CD)

CRCP-40615 / ¥2,727+税