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浜端ヨウヘイ、メジャーデビューシングル『カーテンコール』インタビュー

浜端ヨウヘイ、メジャーデビューシングル『カーテンコール』インタビュー

February 9, 2019 19:00

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2013年、山崎まさよし全国ツアーのオープニングアクトに抜擢されたことをきっかけに、オフィスオーガスタに所属。2014年1stシングル『結-yui-』をリリースした浜端ヨウヘイ。以後、シングル2作、アルバム1作、セルフプロデュースによるライヴ会場限定販売のデモトラックスミニアルバム3作をリリース。彼のSNSを見ると、全国各地で精力的なライヴ活動を行っているのが分かる。それどころか昨年は舞台「あやめ十八番“ゲイシャパラソル”」への挑戦など表現の幅を広げていた。そんな浜端が1月23日にドリーミュージックよりメジャーデビューシングル『カーテンコール』をリリース。プロデューサーはJUN SKY WALKER(S)のベーシストであり、コラボレートライヴイベント【Golden Circle】を立ち上げ、ゆずをはじめ様々なアーティストのプロデュースもする寺岡呼人氏。今回、寺岡と浜端が二人三脚で作り上げたタイトルナンバー「カーテンコール」、絶妙なコンビネーションで短期間で新たな世界観を生み出した「溝の口セレナーデ」、そして寺岡の作詞作曲による矢野真紀のカバー「夜曲」の3曲を収録。寺岡は浜端に対し『カーテンコール』のライナーノーツで「古き良き昭和の男性歌手が持っていたような、郷愁感と、男らしさ、包容力を持ち合わせている」と記している。192cmの長身から発せられるパワフルな歌声とストレートな表現。様々な経験からなる存在感は確かにどこか懐かしさや包容力を感じる。奇しくもインタビュー日は『カーテンコール』のリリース日。楽曲についてや寺岡との曲作りについて、また、『結-yui-』をリリースしてからの4年間について想いを訊いてみた。


ー ヨウヘイくんのインタビューは2015年の『BIG MUSIC』以来なので、本当に久しぶりです。

本当ですね。そんなになるか…。


ー メジャーデビューおめでとうございます!

ありがとうございますー!


ー まさに今日(取材日)がメジャー1stシングル『カーテンコール』リリース日ですが、知恵熱は出していない?(笑)

アハハハ、大丈夫です(笑)。もう出しません。でも思い出しますね。毎回「大丈夫なのか?僕は…」って思いましたもん。特に『結 -yui-』の時は物凄いペースでたくさんの初めての経験をさせてもらっていた時期だったので、発売まで緊張感もあったし、気負いもあったせいか、無事発売日を迎えたことで気が緩んで熱が出てしまったんでしょうね。ただ、今回はさすがにすでに体験していることなので大丈夫です!


ー それは良かった(笑)。昨日(22日(火))のうちにフラゲしたファンの人も多いと思うんですが、もう反響は届いているんじゃないですか?

大変届いています。嬉しいですね。この曲で僕のことを初めて知って下さる方も本当に多くて、新しいシーンを感じています。


ー 昨年のオーガスタキャンプで、メジャーデビューを切り出すヨウヘイくんがあまりに神妙な面持ちと口調だったから会場ざわつきましたよ(笑)。

やっぱり(笑)。いや、どうしようかなと思ったんですけど、どうやって伝えようか考えながら話していたらああいう感じになっちゃって…。


ー なるほど(笑)。ずっとライヴも続けていたし曲作りもしていただろうから、メジャーということで大きな変化は感じていない気はしているけど、実際はどうなんでしょう?

今まで以上に歌を届けていこうという意識が高まっている部分はすごくあるんですが、『結 -yui-』を出させてもらってからの4年間、もっと言えば一人でやっていた頃も全てひっくるめて、その期間に張られてた伏線が『カーテンコール』に向かって収束していくようなイメージがあるんですよね。


ー それは色々な経験があったということ?

そうですね。


ー 正直言うと、端から見ていて気持ち的にも大変だった時期があったんじゃないかと感じています。

まぁ色々なことを思いましたし、1番大きかったのは僕を見出してくれたマネージャーさんが辞められたことです。あの時は正直どうしようかなと思ったんですけどね。でも東京にいる意味、東京に来た意味を自分の中でずっと考え続けた時、まだもう少しここにいたいなと思って。…ということは踏ん張る時なんだろうと。本当にすごく考えましたけどね。でも「どうするねん?」と自分に問うたらやっぱりここに残ろうと思って。それなら、その間に自分にできること、やるべきことを考える方が良いと思ったんです。どうしよう、どうしようって、ただ漠然と悩むだけではなくね。


ー そういえばその方がTwitterでヨウヘイくんを絶賛していましたね。「技、小手先、作為とかを丹念に、無意識に拒んできた歌です。いまや希少で貴重。」と。あのつぶやきを見た時、ちょっと目頭が熱くなっちゃいました(笑)。

母も泣いてました(笑)。マネージャーさんが退職される直前に「1人であちこちライヴを回らせてください。」ってお願いして旅をしていたその最後の最後あたりに呼人さんと出会って曲を作ろうというお話を頂きました。それが一昨年の11月頃。


ー そこから実際に曲ができたのは?

昨年の2月です。


ー 改めて、寺岡呼人さんとの出会いについて詳しく教えてもらえますか。

2017年はライヴ会場限定販売CD『ROUGH SKETCH Ⅲ』を持ってツアーをしていました。そのツアーでは春と秋で東名阪はじめ各地を回ったんですが、僕が高知大学出身ということで縁もあったので、春のシーズンに高知県を入れていました。それで秋からは第二シーズンとして四国では高知以外のお世話になったところをどんどん回っていて、高知の知り合いや仲間に「せっかく四国にいるのに高知こないのか?」と言われつつも、春に行ったので予定に入れてなくて。そんな時に高知県のライヴハウスのマスターから「この日、寺岡呼人さんのツアーなんだけど、お前四国にいるんじゃないのか?」って連絡をもらって。まさに四国の隣県にいたので「行けます!」と伝えたら「それならゲストで歌わせてもらいや。」って繋いでくださったんです。そこで寺岡呼人さんとは初めてお会いました。ご挨拶をしてリハーサルをしていたら呼人さんがバンドメンバーと楽屋から出てこられて、客席でずっと僕の演奏を見てるんです。


ー それは緊張するなぁ…(笑)。

そりゃもう(笑)。“うわー緊張するー”と思いながら本番を迎えて、打ち上げで「今日はありがとうございました。」って挨拶したら「いやー浜端君、びっくりしたよ。こんなに大きい人でこんなに大きい声で歌うなんて。この大きいのに歌わせたいから一緒に1曲作ろうよ!」って言ってくださって。僕も勿論「是非やらせてください!」って言ったんですけど、まさかこんな速さで歌詞を書いてくださるとは驚きました。だから僕もそのスピードに応えなきゃと思って、次の日に曲を付けてお返ししました。


ー それも早いですね(笑)。

でも一晩歌詞と睨めっこしました。僕が今まで書いたことのないサイズ感とかスケール感の曲なので、これを僕が小手先で作ったら多分納得いかないというか、歌っていてしっくりこないままだと思ったんです。だからずっと歌詞を見ながら、この「カーテンコール」の世界観をちゃんと自分に植え付けるまでは読んで読んで読んで…。そしたら明け方にメロディが降りてきて、上から下まで一気に書き下ろしました。

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