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suzumoku

視点とか人称の話

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ライブハウスやコンサートホール…様々な舞台会場といった空間の中には、

 

一体何人称まであるだろうかと、ここ最近よく考えていた。

 

ステージの上には、例えば弾き語りなら人間の数は一人か二人か…

 

切り出す歌い手を第一人称としたら、お客さんは第二人称なのかな?

 

 

 

けれど、やっていることは日常会話ではなく、歌というものであって、

 

その歌詞の中には一人称、二人称、三人称まであると思う。

 

映画や舞台などもそう、ストーリーテラーもいたりして、

 

物語は幾つもの言語主体が絡み合い、進んでいく。

 

 

 

ということは、そう考えたら、その物語を観ている人々、

 

お客さんの視点というのは第四人称ということになるのかもしれない。

 

物語の登場人物たちとは違う気持ちというのか、違う立場というのか、

 

その光景をアウトサイダー的に見たり聞いたりするからこそ感じられる、

 

思える事が生まれる人称。

(僕は一生自分のライブを自分の視点で、生で見る事は出来ないわけで…)

 

 

 

そしてさらに、自分がその第四人称の立場、

 

とあるライブや舞台を観に行ったお客さんだったとして、

 

その時思った事、感じた事が、後日、数週間後、数年後、

 

再び思い返してみた時、当時とは全然違う感じに思えたりする事がある。

 

これは、もしかしたら、五つ目の人称…

 

時を経るからこそ感じられる、思える事が生まれる、また別の視点、

 

未来からの視点、第五人称というのも、あるかもしれない。

 

 

 

そう思うと、もう、たった今自分が思ったり感じたりしている事というのは、

 

いかようにも捉える事が出来そうで、

 

やれ、悲しいとか、ムカつくとか、苦しいとか、虚しいとか、

 

出来れば感じたくないネガティブなものも、

 

そうそう長く続くものではないのかなとか、

 

前進するためのエネルギーにもなるのかなと、思えてくる。

 

 

 

 

 

ただ、一つ大事な、忘れちゃいけない事があって、

 

それは日々、自分以外の様々な人と、様々な立場で、

 

直接言葉を交わし、接するというのが大前提な事。

 

 

 

自分が一つの人称の状態ばかり意識して過ごしていると、

 

自分自身もまた、伝える、聞く、評価する、求め、求められる…等々、

 

様々な立場、視点、人称になり得るのだという事を、

 

だんだんと意識しなくなってきてしまう。

 

 

 

やがて、自分は粛々と、人に迷惑をかけず、誰も傷付けず、

 

ということは、一切干渉せず、最小限の生活手段でもって、

 

ただただこの世界を俯瞰するような存在で良いのだと思うようになる。

 

僕は、これは最初はとても謙虚な形の様に感じて、

 

別にそういう生き方でも良いではないかと思えていたけれど、

 

何の気なしの「まぁいいか…」という呟きが妙に引っ掛かるようになって、

 

実は、これこそが、“自分には関係無い事”みたいに思い出す始まりで、

 

なんだか、ひたすら"終わり"を求めるだけの様な、

 

人間の思考の中で結果一番利己的で、厄介なものだと思うようになった。

 

 

 

そんな感じの物事や人を、広告とか、いとも軽々「逆にすごい」みたいに、

 

表面だけを妙に崇めて言っているように思えて、

 

“ミニマリスト”とかってのもそうなのかな…

 

最良の一つを大切にするという根本を失って、

 

ただ“自分の生活”に不要なものを売ったり捨てたりして極限まで削って、

 

より身軽に、さよならストレス、楽になろう、という印象だけが先行して、

 

文字通り軽い感じで注目されてしまったんではないかと思う。

(その流れで人間関係までも売ったり捨てたりしたくはないな…)

 

 

 

 

 

こうしたい、ああしたい、どうなりたいという、

 

自分に向かう欲求は、細かく言えばどうしたって払拭し切れないし、

 

むしろ生きていく上で大事なことでもあるとは思う。

 

けれど結局、ただの欲求だけでは幸せになれないし、させる事も出来ない。

 

 

 

…“与える”事で、それに繋がるんだと思う。

 

大阪のおばちゃん達がいつも無垢で良い笑顔を見せてくれるのは、

 

あの、いつなんどきでも誰かに与える事の出来るアイテム、

 

“アメちゃん”を常備しているというのも、大いに関係しているはず。

 

もちろん、与えるべきは“モノ”だけではないと思うけれど、

 

たったそれだけでも、第何人称にもなれる、変幻自在だ。

 

 

 

そもそも自分が、

 

“欲が出て不幸になった”という話はよく聞くけれど、

 

“与えて不幸になった”という話は、聞いた事がないかも。

 

 

 

僕ももっと、

 

自分よりも人に与えられる音楽を、目指さなきゃだめなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて、先日は渋谷La.mama x suzumoku 3ヶ月連続共同企画、

 

『HUMINDS』の1st Stage、お越し下さった皆様ありがとうございました。

 

ライブの前と後、渋谷の街は少し変わって見えましたか?

 

IMG_5127.jpg

(左から、浜端ヨウヘイ、戸渡陽太、僕)

 

『HUMINDS』2nd Stageは来月、11月18日(金)です。

指田フミヤさん、金木和也さんとの3マンライブ、ぜひお越しください。

 

※イベント詳細はこちら↓

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  PROFILE

suzumoku

2007年、アコースティックギターを片手に音楽シーンに突如現れ、アルバム「コンセント」でデビュー。その荒々しくも正確なフィンガリング、独自性、強烈な歌声は“オルタナティブフォーク”と形容されるシンガーソングライター。